音楽に哲学を

~日本のみならず国境を超えた音楽哲学がそこに~

【考察】SPYAIR/青 「アニメ主題歌/青のミブロ」歌詞の意味を哲学的に徹底解説!

諸君、ごきげんよう

 

我は音楽を哲学的に考え思考する

メロディウスである。

 

今回は

SPYAIR

について哲学的に考察していく。

 

 

SPYAIR「青」アニメーションムービー

www.youtube.com

青の歌詞

乾いた空気吸って
赤く染まる街
時代は僕を置いて
加速してく
落ち葉を蹴っ飛ばしたって
心はどうせ晴れない
泣きたくて泣けないで
色褪せてく
ずっと
もういいよ。と
嘆く感情もう行こうよ!と
叫ぶ衝動
どっちも誠
頼りないほど灰色に揺れる
青く青く澄んだ
あの空のように
広がっていく自由を
いつか
会いにいくよ
きっと泣きたかった
僕に大丈夫だよ。
って言うよ
青を渡って
振り上げた刃は
振り切れないまま
小さな火種のよう燻っている
ずっと
こんなもんでいい。
そんなもんかい?
こんなもんはいい。
投げ捨てんな
どっちつかず
そんな事を
いつまでやってんの?
青く青く澄んだ
あの頃の僕は
何を夢見てたんだい?ねぇ?
いつも
諦めなかった
ガムシャラな日々が
何でもなかった今日の
色を変えてく
一歩一歩 歩き出すんだ
ジっと待っていたって
何も起こらない
移ろっていく
街も人も夢も
燃えるように 時代を染めて
青く青く澄んだ
あの空のように
広がっていく自由を
いつか
会いにいくよ
きっと泣きたかった
僕に大丈夫だよ。
って言うよ
青を渡って
めくりめくる時代に
藍を謳って

 

序論 時代の加速と取り残される自我

「存在とは時間のうちにあるものである。」

冒頭の「時代は僕を置いて加速してく」

という一節は、

私たちがハイデガー

存在と時間に示されるように、

自己が時間に埋没し、

存在が忘却されていく過程を表している。

 

人間は社会の変化に対して

受動的であり、

変化の波に飲み込まれる。

 

その中で「乾いた空気」を

吸うという描写は、

もはや生気を失った都市空間と

自己の断絶を示していると言える。

 

私たちはここで、主体性を奪われたまま

「取り残される存在」としての自己を確認する。

 

第一章 灰色の感情と「誠」の二重性

「人間の本質は、理性と情動の狭間にある。」

「もういいよ」と嘆く感情と、

「もう行こうよ」と叫ぶ衝動。

 

これらは相反するが、

どちらも「誠」として描かれる。

 

この「誠」とは、

曖昧な決断や不確定な感情を含むものだ。

 

パスカルが『パンセ』で示したように、

人間の本質とは理性と情動のあいだに

揺れる存在である。

 

感情の吐露と行動への衝動、

その両者を同時に抱え込むことが、

ここでの「誠」の意味だと理解できる。

 

灰色に揺れる心が描写されることからも、

人間は常に決断の重みを背負いながら

生きる不完全な存在であることが示唆されている。

 

 

第二章 諦念と自由の狭間

「自由とは、我々が自らに課す必要のあるものだ。」

「落ち葉を蹴っ飛ばしたって

心は晴れない」という無力感は、

諦念と自由との葛藤を象徴している。

 

「青く澄んだ空」は、

かつての自由や理想の象徴だが、

現実は灰色に染まる。

 

カントが言うように、

自由とは他者から与えられるのではなく、

自己の選択によって初めて成立するものである。

 

過去の理想と現在の現実のギャップは、

自由を取り戻そうとする主体の闘いを暗示する。

 

第三章 「青」を渡る旅─失われた自己との再会

「涙を流すとき、人は心の奥で未来と対話をする。」

「いつか会いにいくよ、

きっと泣きたかった僕に」という言葉は、

過去の自己との再会を約束している。

 

これはキルケゴール

死に至る病における

絶望と再生の過程と通じる。

 

過去の自分に「大丈夫だよ」と

語りかけることは、

失われた自己を受け入れ、

新たなアイデンティティを確立する

過程を意味するのだ。

 

この「青を渡る」という行為は、

時間を超越し、新しい自我を

発見するための精神的旅である。

 

 

結論 藍を謳う未来へ

「我々は常に、今という瞬間を

燃え尽きるように生きねばならない。」

 

最後の「藍を謳って」という表現は、

移ろう時代を生き抜く覚悟を示している。

 

藍とは、青がさらに深まり、

成熟した色であり、成長した自己を象徴する。

 

燃えるように変わりゆく時代の中で、

諦めずに歩き続けることこそが真の自由であり、

生きることの本質だとニーチェは語る。

 

どんなに灰色に揺れようとも、

夢見た「青」を再び手に入れるために、

人は歩き続けねばならない。

 

『青』は、諦念と希望のあいだを

揺れ動きながらも、

「自己との和解」という目的地を

目指す旅の物語である。

 

我々はその旅を通して、

「灰色の心」から「藍の未来」へと

自己を深化させ、自由な存在へと至るのだ。

 

※すべてはメロディウスの趣味内での解釈となっておりますのでご了承ください。