音楽に哲学を

~日本のみならず国境を超えた音楽哲学がそこに~

【考察】ATEEZのBirthday本当の意味を歌詞から哲学的に徹底解説!

諸君、ごきげんよう

 

我は音楽を哲学的に考え思考する

メロディウスである。

 

今回は

ATEEZ

Birthday

について哲学的考察をしていく。

ATEEZ「Birthday」MV

www.youtube.com

1. 序論: 誕生日としての新生と変容

ATEEZの「Birthday」において、

誕生日はただの記念日ではない。

 

それは一種の再生、

そして変容の象徴である。

歌詞の冒頭で「今日を祝おう」

と呼びかけることによって、

我々は単に時間の経過を見送るのではなく、

新しい自己の出現を祝う。

 

ここにあるのは、

ニーチェ「生成の永遠回帰

という思想であり、

人生はただ繰り返すのではなく、

毎回新たに生成され、

自己を再創造するものだ。彼はこう述べた。

「我々は絶えず自らを創造するべきだ」ツァラトゥストラ

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2. 喜びと解放の瞬間: 感覚的充足と超越

この楽曲は現実からの

解放と感覚の解放を意味している。

 

プラトンの洞窟の比喩における

イデア界への上昇」に似た感覚だ。

 

この世界は、

限界のある感覚的な領域を超え、

自己の可能性と精神的な自由を解放する場である。

 

誕生日は、ただ祝われるだけでなく、

この超越的な喜びの瞬間として描かれている。

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3. 無限の可能性への飛躍: 自由と欲望

「未来の道は僕らのもの」という歌詞は、

未来が無限の可能性に

開かれていることを示している。

 

この自由への賛歌は、

サルトル「人は自由という呪いにかかっている」

という視点と合致する。

 

サルトルによれば、

自由であることは選択の重圧を伴うが、

その中にこそ人間の真の存在がある。

 

歌詞における「無限の未来」は、

我々がその自由をどう生きるかによって形作られる。

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4. 「君」の存在と共同性: 他者と自己の相互作用

歌詞中の「君」という存在は、

他者との関わりを象徴している。

 

他者との出会いを通してのみ、

我々は自らを再定義し、

自己の意味を見いだすことができる。

 

マルティン・ブーバーは「我-汝」

という対話的関係の中で、

人は初めて真の存在に到達すると語った。

 

他者との関係性が自己の存在にとって不可欠であることを示している。

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5. 時間と創造: 永遠の中の一瞬

誕生日という一瞬の中に

無限の時間が凝縮されている

というテーマも重要だ。

 

「最高の瞬間を味わおう」という一節は、

時間の流れの中で

特別な瞬間を捉えるという行為を強調する。

 

アウグスティヌス

「現在は過去と未来を包含し、

全ては今この瞬間にある」と述べた。

 

この歌詞において、

誕生日の瞬間は永遠の時間を象徴し、

過去と未来を含みつつ今を生きることの重要性を訴えている。

6. 帰結: 終わりなき旅路としての生成と再生

「Birthday」は、

終わりを迎える祝祭ではなく、

新たな始まりを示唆する。

 

この生成と再生のプロセスは、

ヘラクレイトス「万物は流転する」

という思想に通じる。

 

祝祭は一時的なものであり、

常に新たな状態へと移り変わる。

 

その中で、我々は自らの存在を再定義し、

自己を再創造する旅路を歩み続けるのである。

 

結論

ATEEZの「Birthday」は、

単なる祝福の歌ではなく、

哲学的に深遠なテーマを含んでいる。

 

それは存在の再創造、

自由の責任、他者との対話、

そして時間の儚さと永遠性を同時に描いている。

 

ニーチェサルトル、ブーバー、

そしてアウグスティヌスといった

哲学者たちの視点を通じて、

この歌詞は自己の探求と未来の可能性を

祝福するものとして解釈される。

 

「我々は今を生き、自己を再創造し続ける存在である」ニーチェ

 

※すべてはメロディウスの趣味内での解釈となっておりますのでご了承ください。