音楽に哲学を

~日本のみならず国境を超えた音楽哲学がそこに~

【歌詞考察】和ぬか/ラブトキシン この曲の意味とは?ちょうどいい塩梅や毒を描いた理由を哲学的に徹底解説!

諸君、ごきげんよう

 

我は音楽を哲学的に考え思考する

メロディウスである。

 

今回は

和ぬか

ラブトキシン

について哲学的に考察していく。


 

和ぬか「ラブトキシン」MV

www.youtube.com

 

ラブトキシンの歌詞

あのさやっぱ
こんなの駄目なんだって
僕をそうさせたのって
高性能なフィルターも
擦り抜けた不純な人だから
そこは絶対駄目なんだって
匙加減を知らずして
僕を主食にしたい
なんてのは傲慢だ
入れすぎソイソース
かけすぎ温情
辛すぎ後遺症
でも好き追いソース
好みは濃い味
ちょうど良い塩梅で
毒されたって
あ、いやだめ、
軽率に恋して良い
塩梅で毒が回っている
口滑る罰の言葉
花が水を欲しがっている様に
僕は愛を欲しがって
身体の構成要素が一目瞭然に
水が1割強
毒が8割強
世話役が今日
養われそう
僕ら切っても切れない関係だ
なんて許せない
もっと良い配分で君がいないと
あ、もうだめ、
強烈に欲して良い配分は
致死量なんだって
僕は気づいてしまう
初めて会った時からもう
ずっとこうしてたいと思ってた
気づけば悪に染められて
なんか解せない 
なんか解せない
ちょうど良い塩梅で毒されたって
ちょうど良い塩梅で毒されたって
ちょうど良い塩梅で毒されたって
あ、いやだめ、
軽率に恋して良い
塩梅で毒が回っている
口滑る罰の言葉


序論

歌詞に現れる

「毒」や「塩梅」という表現、

そして矛盾する感情の揺れ動きを

どのように解釈すべきか。

 

ここから二人の対話が始まる。


 

第1章 愛と毒の二律背反

少年:
「この歌詞、

なんか胸に刺さるんだよね。

『毒』って言いながら、

でもそれが『好き』だとも言ってる。

 

普通は嫌なものを避けるのに、

どうして人はこんなに

矛盾した感情を抱くんだろう?」

 

メロディウス:
「それは愛が持つ二面性の

表れかもしれないね。

 

愛は人を幸福にする一方で、

時に苦痛を伴うものでもある。

 

『毒』という言葉が使われているが、

これは単なる害ではなく、

むしろ甘美な誘惑、逃れられない執着を

指しているのではないだろうか?」

 

少年:
「じゃあ、この『毒』は

悪いものじゃなくて、

どこかで必要なものだってこと?」

 

メロディウス:
「そうだとも言えるね。

古代ギリシャの哲学者プラトン

『エロス』という愛の概念を論じた。

 

エロスは欲望であり、

しばしば不完全さや欠落を

埋めようとする衝動として描かれる。

 

この歌詞の主人公も、

自分に欠けている『愛』を

求める中で、

『毒』に近い形で

それを受け取っているのかもしれない。」


 

第2章 ちょうど良い塩梅とオキシトシンの作用

少年:
「でもさ、

『ちょうど良い塩梅で毒されたって』

って何度も繰り返してるけど、

なんで塩梅が大事なんだろう?

 

毒って多すぎたら死ぬけど、

少なすぎても効かないみたいな話?」

 

メロディウス:
「興味深い視点だね。

実際に『塩梅』という

言葉にはバランスを取ることへの

希求が込められている。

 

このバランスは、

心理学的・生理学的にも興味深い。

例えば、オキシトシンという

ホルモンを知っているかい?」

 

少年:
「名前だけなら…。

 

確か、母親と赤ちゃんの絆とか、

 

恋愛にも関係あるんだっけ?」

メロディウス:
「その通りだ。

オキシトシンは『愛のホルモン』と呼ばれ、

人と人との絆を深め、

信頼を高める働きがある。

 

でも、過剰なオキシトシン

執着や過保護といった形で

表れることもあるんだ。

 

この歌詞に出てくる『毒』

という表現は、

オキシトシンのような

愛情ホルモンの暴走を

暗示しているのかもしれない。」

 

少年:
「じゃあ、

『ちょうど良い塩梅』って、

ホルモンのバランスの話でもあるのかな。

 

好きすぎるとダメだけど、

好きがなさすぎても

満たされないってこと?」

 

メロディウス:
「まさにその通りだ。

愛情とは適量が難しい感情だ。

 

少しでも多すぎると、

それは執着や依存へと変化し、

相手を傷つける可能性もある。

 

この歌詞の主人公は、

そのバランスを

模索している最中なのだろう。」


 

第3章 切っても切れない関係性の矛盾

少年:
「でも歌詞の途中で

『僕ら切っても切れない関係だ』

って言ってる。

 

そんな関係なのに『許せない』

とも言ってるのが気になる。」

 

メロディウス:
「興味深いね。

この矛盾は、愛と憎悪が

表裏一体であることを

示しているのかもしれない。

 

哲学者ヘーゲルは、

愛は自己と他者の

融合であるとしながらも、

個人の自由が失われる危険性を指摘した。

 

『許せない』という感情は、

その自由が侵害されたことへの

無意識の反応ではないだろうか?」

 

少年:
「なるほど…。

 

でもさ、それでも

『僕ら切っても切れない』

っていうのは、依存じゃなくて

必要だからってことなのかな。」

 

メロディウス:
「その可能性は高いね。

 

愛とは時に、

自分が自分であるために

他者を必要とする感情だ。

 

この歌詞の中では、

主人公はその必要性を感じつつも、

同時にそれが致命的な

『毒』になることを認識している。

 

それが彼の『解せない』という

混乱に繋がっているのだろう。」


 

結論 毒の愛、バランスの追求

少年:
「結局、この歌詞って

愛の難しさを歌ってるんだよね。

 

でも、なんで『毒』を

通して表現してるんだろう?」

 

メロディウス:
「『毒』という言葉は

強烈でありながらも、

美しさや魅力を持っているからだろう。

 

愛は人を成長させるものでもあるが、

時には破壊的な力を持つ。

 

この歌詞はその二面性を

見事に描いている。

 

人間はオキシトシン

他のホルモンの影響を受ける

生物的存在でありながらも、

それを超えた精神的な探求を続ける。

 

つまり、この歌詞は愛の複雑さと、

それにどう向き合うべきかを

問いかけているのだ。」

 

少年:
「僕たちが求めるのは、

毒と塩梅のバランスなんだね。

 

それが見つかれば、

愛はもっと美しいものになるのかな。」

 

メロディウス:
「その通りだ。

 

愛のバランスを見つけることは

簡単ではないが、

それを求め続けることこそが

人生の美しさだ。

 

この歌詞は、

それを示唆しているのかもしれないね。」