音楽に哲学を

~日本のみならず国境を超えた音楽哲学がそこに~

【歌詞考察】MY FIRST STORY/メリーゴーランド この曲の意味とは?ワンオクTakaとの東京ドームから一年を踏まえて哲学的に徹底解説!

諸君、ごきげんよう

 

我は音楽を哲学的に考え思考する

メロディウスである。

 

今回は

MY FIRST STORY
メリーゴーランド

について哲学的に考察していく。


 

MY FIRST STORY「メリーゴーランド」MV

www.youtube.com


メリーゴーランドの歌詞

Hold up! New day
時計は天辺の次へ 
Moving ほら Too late
昔交わした約束をProving
VVS Gold Chainより輝き増し 
ギラギラに光ってる
言われたInsane 
まだまだ終われないね yeah
Let's gamble
澱みのない自と才能
今から一戦交える
タイトルマッチに沸き立つ会場
測れない規模のScale
たった一人残ればアイドル?
最後に回り出したRoulette
動かした運命 We just go hard
最大限まで出し切る立ち合い
火花が散るほどバチバチ
焼き付ける
その目のファインダーに
yeah yeah
間違いなんて言わせずに敗退
未だに忘れた事ない
サマソニで叫んだ「勝ちたい」を
24/7頭の中まだ消えないから 
全て壊して0になりたい
No fiction 正真正銘 Document
念願の一日は幸か?
それとも不幸か?
上目指す勝者 Living lika a rockstar
The show must go on 
巻き起こせる Tornado
枯れそうな思い出に
華咲かせてくれるなら
溢れるほど注ぎ込んでくれ
さあ、人生よ、動き出して
回れ回れ Oh メリーゴーランド
そして夢を乗せておくれよ
何時までも走り続けて
追い越せる日が来るのなら
回れ回れOh メリーゴーランド
やがて朝が来るまで止まれないよ
何処に辿り着くの...
巡り巡るOh メリーゴーランド
例え何も変わらなくても
最後には この指先が少しでも
届けば報われると信じてるの
回れ回れ Oh メリーゴーランド
そして夢を乗せておくれよ
何時までも走り続けて
追い越せる日が来るのなら
回れ回れ Oh メリーゴーランド
やがて朝が来るまで止まれないよ
何処に辿り着くの


序論

少年:
「メリーゴーランド」という歌、

何か特別な力を感じるんだよ。

 

なんかこう、ただぐるぐる

回ってるだけなのに、

心のどこかが共鳴するような。

 

繰り返しと終わりのない道、

何かに取り憑かれたように感じるんだ。

 

メロディウス:
その感覚、興味深いね。

 

これは人生そのものに対する

暗喩だと捉えられるかもしれない。

 

歌詞は、目標に向かって全力で

走り続けることの苦悩と決意、

そしてそれを通じて

自己の成長と運命の理解を

深めていく姿を描いているようだ。

 

そして、これが兄である

ワンオクのTakaに向けた歌であるとすれば、

弟としての葛藤や憧れ、

さらに自分の道を切り開く覚悟が

詰まっているのかもしれない。


 

第1章 夢と運命、そして挑戦

少年:
この歌詞で、

「Moving ほら Too late」

「交わした約束をProving」

って言ってる部分、

まるで何かに間に合わないかのように

急いでいる感じがするね。

 

約束を証明するために突き進んでる。

 

でも、何に

間に合わなければいけないんだろう?

 

メロディウス:
それは、自分自身の成長に対する

「時間」という制約なのかもしれないね。

 

若さや成功へのプレッシャー、

もしくは兄の成功に負けないように

自分も輝きたいという

意志が込められているのかもしれない。

 

この「約束」とは

自己との誓いであり、

それを守ることで

自分の存在意義を証明しようとしている。

 

Takaという兄がいることで、

その「約束」はさらに重みを増すのだろう。

 

少年:
それに続く「ギラギラに光ってる」

「言われたInsane」も、

やっぱり他人からの評価や、

輝きを求める葛藤が描かれてる気がする。

 

人と違う道を行くことで

「Insane」と呼ばれても、

その道で自分を証明しなきゃいけないんだ。

 

メロディウス:
そうだね。

他人の評価が負荷として

のしかかる一方で、

それを超えることで

自身の価値を生み出していく。

 

特に兄弟という関係において、

自分の存在意義を見つけ出すための努力は、

より一層厳しくもあり、

やりがいのあるものだろう。

 

挑戦と自己証明は、

この曲における運命の賭けであり、

自己のアイデンティティへの探求そのものだ。


 

第2章 終わりなき巡回とアイデンティティの確立

少年:
「回れ回れOh メリーゴーランド」

って言葉、

同じ場所をただ回っている感じがする。

 

まるでどこにも行けず、

変わりなく続く日々のようだ。

 

でも、どうして「止まれない」んだろう?

 

メロディウス:
メリーゴーランドは

確かに同じ場所を回り続ける。

 

だが、それは一見無意味なように見えて、

実はその巡回が成長や

自己探求における

大切な過程なのかもしれない。

 

兄に対する思いや、

その存在の大きさから抜け出そうとする

弟の葛藤が、この無限の巡回に

象徴されているようにも感じられるね。

 

さらに、彼にとって

「止まる」ことは「敗退」を

意味するからこそ、

走り続けるしかないのだろう。

 

少年:
そして、

「追い越せる日が来るのなら」

って歌ってるけど、

これって兄に対しての

挑戦だよね?

 

Takaに向けた歌だと考えると、

この言葉には特別な意味が含まれてる気がする。

 

メロディウス:
その通りだろう。

兄を追い越したい、

もしくは兄に認められたいという

願望が強く表れている。

 

兄弟としての愛と競争心が

入り混じる中で、

彼は自分自身のアイデンティティ

見つけ出そうとしている。

 

この「追い越す」ことは、

ただの成功ではなく、

弟が自己の道を見つけるための

シンボルともいえるだろう。

 

常に「走り続ける」姿勢は、

アイデンティティを確立するための彼の決意だ。


 

第3章 自己超越と運命への挑戦

少年:
また、「火花が散るほどバチバチ

「焼き付けるその目のファインダーに」

って部分は、かなり強烈なイメージだね。

 

何かを掴み取るために必死で、

他のものは目に入らないみたいな気迫を感じる。

 

メロディウス:
そう、この「火花」や

「ファインダー」は、

彼が目指すものへの強い執着と

情熱の象徴といえるだろう。

 

それがどんなに過酷でも、

彼は立ち向かい続ける覚悟を持っている。

 

Takaという存在に対して

感じるプレッシャーを超えて、

自分だけの道を切り開こうとする。

 

その気迫こそが彼を

「メリーゴーランド」から脱出させ、

運命を変える原動力となるのだろう。

 

少年:
「全て壊して0になりたい」って

言葉もすごく心に響く。

 

まるで、兄という存在に

影響される自分を壊して、

新しい自分になりたいという

願望が隠されているみたいだ。

 

メロディウス:
確かに。

人は、自分の影を覆い尽くすような

存在があると、

その影響を超えて

新しい自己を発見したいという

衝動に駆られるものだ。

 

この「0になる」という表現には、

過去の自分を否定しつつも、

そこから再び自己を構築するという

覚悟が感じられるね。


 

結論 終わりなき探求と兄弟愛の形

少年:
「例え何も変わらなくても、

最後にはこの指先が少しでも届けば報われる」

と締めくくるこの言葉、

まるで自分の全てを賭けて、

少しでも希望を掴みたいという

思いが表れている気がする。

 

メロディウス:
それは、目指すものが

手に届くかどうかにかかわらず、

走り続けること自体に

意味を見出している証だね。

 

この曲を通して彼は、

Takaという兄への挑戦、

そして彼との絆を通じて

得た自己成長への渇望を語っている。

 

彼にとって「回り続けるメリーゴーランド」は、

果てしない人生の探求の象徴であり、

たとえ何も変わらなくとも、

その努力は彼にとって

かけがえのない意味を持つのだろう。

 

少年:
確かに、兄に対する思いは

競争心を超えて

愛と敬意に満ちているんだね。

 

回り続ける中で、彼がどこに辿り着くのか、

楽しみでもあり、不安でもあるよ。

 

メロディウス:
人の人生もまた

「メリーゴーランド」のように巡るものだ。

 

どんなに同じ場所を

繰り返し通っているように見えても、

そこには新たな発見や成長がある。

 

彼がどこに辿り着くかはわからないが、

その果てにある自分を信じ続ける限り、

彼の夢は終わりなき探求の中で花開くだろう。