諸君、ごきげんよう。
我は音楽を哲学的に考え思考する
メロディウスである。
今回は
KEIJU
Money Baby ft. Awich
について哲学的に考察していく。
- KEIJU「Money Baby ft. Awich」MV
- Money Babyの歌詞
- 序論 貨幣の実存的意義
- 第一章 欲望と成功の追求 - モチベーションの両義性
- 第二章 家族・愛と金銭の緊張関係
- 第三章 モノとしての金と内面的な欠乏 - 価値とは何か
- 第四章 リスクと自由 - 選択の代償
- 第五章 未来と不確実性 - 「ビッグプラン」の倫理
- 終わりに 貨幣の彼岸にあるものとは
KEIJU「Money Baby ft. Awich」MV
Money Babyの歌詞
Yea I'm just gettin money, money baby
今まで他にない前例
いつか家とか買えちゃう田園調布
だからMo money baby
Yea I'm just
gettin money, money baby
今まで他にない前例
いつか家とか買えちゃう田園調布
だからMo money baby
次男坊 生意気なんだ俺
鼻につく動き 君悩ませ
家を出りゃ誰も知らぬ行方
でも持って帰ってくるデカい金
悪りいよ諦め手癖当然
汚ねぇ奴らと話す宿命
金金うるせぇって
言われてもお前の為
だって怒ってる顔も綺麗
弱さから強がりでひねくれ
こんな俺愛せるわけないね
寂しけりゃ裸の金と寝てるのさ
愛した女は1人だけ
だから
geting money money baby
ノッてるぜ 高額納税者
弱気になるくらいなら死ぬのがマシだって
横で言ってくれ
Yea I'm just
gettin money, money baby
今まで他にない前例
いつか家とか買えちゃう田園調布
だからMo money baby
Yea I'm just
gettin money, money baby
今まで他にない前例
いつか家とか買えちゃう田園調布
だからMo money baby
デカく気持ちが膨らんでく
モロさ儚さ飛ぶ風船
今宵どこかで会えたら抱きしめて
愛はお金じゃ買えないねん
大金積んでいく机
島からの生意気娘
試される本性を見る目
いつもハイリスクを取る勧め
色々見てきたのこの目で
出会い、
別れい、
Drug money love sex
女の一人や二人くらい
gotta try
君も必要だよね経験
信じてるyou gon be a big man
私も描いてるbig plan
不安な夜は君を真っ先に呼ぶから
朝まで抱きしめて
ずっと
You know why I love you baby
ステージの裏の闇も全て
怖気付いたって仕方ない普通じゃない世界
でも君never run away
Yea I'm just
gettin money, money baby
今まで他にない前例
いつか家とか買えちゃう田園調布
だからMo money baby
Yea I'm just
gettin money, money baby
今まで他にない前例
いつか家とか買えちゃう田園調布
だからMo money baby
序論 貨幣の実存的意義
KEIJUの「Money Baby」は、
現代における貨幣が持つ
象徴的な力をテーマにした歌詞だ。
ここで描かれるのは、
単なる成功の物語ではなく、
金銭が人間の存在とどのように
絡み合うかという問いである。
ジャン=ポール・サルトルが述べたように、
「人間は自由の刑に処せられている」
つまり、我々は常に選択を迫られ、
その結果に責任を負う。
歌詞において
「Mo money」という表現は、
自由を象徴するように見えつつも、
その背後には社会的制約や
精神的な重荷が潜んでいる。
第一章 欲望と成功の追求 - モチベーションの両義性
「人は生きるために何かを欲し、
欲することで自らを形作る。」
―スピノザ
この章では、
成功の追求が個人にとって
どのような意味を持つかを考える。
「今まで他にない前例」という
フレーズが示すように、
KEIJUは過去に縛られない
新しい道を切り開こうとする。
その過程で「田園調布の家」という
成功の象徴が語られるが、
ここで問われるのは果たして
欲望の終着点は何か、
ということである。
金銭の追求は自己実現の道なのか、
それとも「欲望の奴隷」(ホッブズ)
としての姿に過ぎないのか。
第二章 家族・愛と金銭の緊張関係
「愛は、交換を拒むものだ。」
「金と愛」というテーマは
本質的に対立するものであり、
この歌詞でも「愛はお金じゃ買えない」
という認識が語られる。
主人公は「生意気な次男坊」として、
家族や恋人との関係において
複雑な感情を抱えている。
愛する者のために
「金金うるせぇ」と言われるほど
金を稼ごうとする姿は、
どこかカミュが語った「不条理」を思わせる。
愛を失いかけるたびに、
「裸の金」と寝るという孤独は、
貨幣が決して心の欠乏を
満たさないという事実を露呈する。
第三章 モノとしての金と内面的な欠乏 - 価値とは何か
「貨幣は、あらゆる関係を交換価値に還元する。」
―マルクス
KEIJUの歌詞は、
金銭を手段として扱いながらも、
その裏にある虚しさを見逃さない。
「モロさ儚さ飛ぶ風船」という表現は、
貨幣が持つ脆さを象徴する。
いくら大金を積んでも、
最も大切なもの
たとえば愛や誠実さは手に入らない。
この視点から、マルクスの言う
「疎外」が浮かび上がる。
金銭が人間関係や自己価値の
基準になることで、
人間は自分自身からも他者からも遠ざかるのだ。
第四章 リスクと自由 - 選択の代償
「自由とは、常に自己の責任で選択することだ。」
―サルトル
この章では、
「ハイリスクを取る勧め」
という歌詞の
一節に焦点を当てる。
主人公はリスクを恐れず
挑戦する生き方を選ぶが、
その選択には代償が伴う。
「弱気になるくらいなら死ぬのがマシ」
と語られるように、
ここには自由への執着が見える。
しかし、選択の果てに待つものが
孤独や虚無であったとしても、
人は挑むことをやめられない。
カミュの『シーシュポスの神話』におけるように、
「運命を愛する」態度こそが人間の生き方なのだ。
第五章 未来と不確実性 - 「ビッグプラン」の倫理
「未来は常に不確かであるが、
その不確実性が希望を与える。」
KEIJUとAwichは
「ビッグプラン」を描き、
成功への希望を示唆する。
未来が不確実であるからこそ、
人は希望を持ち続け、計画を立てる。
この歌詞の中で
「普通じゃない世界」に
生きることの困難が語られるが、
それでも「never run away」という
決意が貫かれている。
この態度は、
実存主義者マルセルが説いた
「創造的希望」の一種だ。
人は未来に保証がなくとも、
その不確実性を抱きしめて
前に進まなければならない。
終わりに 貨幣の彼岸にあるものとは
「人は、意味を求めて生きる動物だ。」
「Money Baby」は、
貨幣が人間の生き方に与える
複雑な影響を描いた歌である。
金銭は確かに力を与えるが、
それだけで人生の意味が得られるわけではない。
ニーチェの言う「超人」のように、
我々は自らの生に意味を見出し、
貨幣を超えた価値を求めなければならない。
KEIJUとAwichの語る
「モチベーション」は、
単なる成功への道ではなく、
自己の存在を賭けた戦いである。
その戦いの果てに何が待つのか、
それは、貨幣の先に広がる
未知の領域にこそ見出されるのだ。
※すべてはメロディウスの趣味内での解釈となっておりますのでご了承ください。